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のぼりです


秋雨

一つひとつの係る出来事の重みが年々に確実に我が身に沁み入るのは、歳を重ねて

来たという証であるのは間違いのないところだろうが、もうどうにも避け得ぬ立場

やその域に達して来たという事実に自覚も
寄り添っていると言える。

ここに身体の自由さも年々目減りしてきているのだから、ジワジワとその都度の選

択や判断にも自ずと嘘偽れぬものを覚悟せずにはいられない。


若い時あれほど悩み苦しんだことも、今となればまだまだましな方だったかなどと

感じるのも、確かにあの
あった自由の多さ広さの中で悶々とあったことが懐か

しくもあるが、同時にどんな年齢でもその時生きる道は一つであり、他
の道がある

とはわかっていても、一つの選択や判断の後はひたすらにそこを歩むものだし、そ

の事の人としての生きようは今となんら変わる事はないのだろう。


あの頃も必死で一生懸命で、その時の自分を作り守り、様々な要因でそれが壊れた

ら、また日々に必死で一生懸命で生きては自分を作り守りして、振り返れば瞬く間

にそうそうこれ以上は自分を壊せぬ、再度自分を作りあげる事は困難な領域に
その

身体ごと到達しており、その事を良しと思い込む努力や工夫や知識を得ることに、

かなり真剣になっているものだ。


その分、今の若者よ、まだまだ可能性ある人達よ、と今この年齢だからこそ言える

として、ついお節介や訳知り顔で説教したりもするが、よくよく考えればジジイや

バアさん達からは見えてわかる事でも、当事者達には全くわかり得ぬ事の方が多い

訳で、よほど未来地図の想定に日々に時間を割いてる人でも、そこに割く分今に集

中出来ていないのだから、所詮未来地図などはあくまでその語句の如く、未来希望

地図としかなり得ない。


出来うる限りの機会を得て、はるか先輩の話に触れ、先人の歴史や知恵に触れたと

しても、現実感にあってはその事を日々の生活の右に置くことが精一杯で、まして

や人生訓などもある程度その年齢になり振り
返る自分史を得た時より、意味も感慨

もその味もわかるというものでしかない。


今、この瞬間の一歩先の答えや励ましは大いに自分の助けとなり、安堵ともなるが

常々にそれを望む事は、それを求め期待する自分の人生
であるとしかならず、それ

を信じて疑わなければそれはそれで幸福なのだろうが、人は潜在的に決してそんな

器用な
且つ単純なままで終われるはずのない事を、身体の奥底に確実に知っている

のだと思う。



『いつか自らの事は、この自らにして決め生きるべし』

という観点に多くの人が同意するとすれば、今の困難も悲しみも切なさも有り難さ

さえも、今ある自分そのものとして受け止め見つめていれると思う。


人は
単調さにはつい目を背けたがり、他所を見たがりするが、それがついつい遠回

りする事に繋がっている事が多く、それが自分に跳ね返る頃はその何倍もの
事実の

重みとして、目前に現れる。

それでもそこで気づいた時が自分が知った時として誰しもが立ち向かう訳だが、

語る勇気や意思の強さとする前に、大いによそ見していた自分の事、適当にやり過

ごそうとしていた当時の心境に自身は思い至る。


あああれも、それも思う通りにならないと嘆く時代を生きても、これまたよくした

ものでここに老化の事実が予見出来る頃になると、こうして嘆くよりも少し前向き

に考えねばならない事実の多さに気づくようにもなり、いつまでも自分の嘆きや愚

痴に付き合ってくれてた人も、等しく我が事に真剣にならざるを得ない状況下にあ

り、それどころではなく他人どころではなく、まずは我が身をきちんとせねば周り

に迷惑をかけるわけにもいかないと
いう結論に至る


生まれ落ちてより実に多くの事を考え、まさに考え続ける事が人生とさえ思うくら

い、様々に考え悩み少し嬉しくまた考えると繰り返しては、歳を重ねていく。

歳を重ね切った先の事は誰も経験しておらず、誰にも分からず、たまには知ったか

ぶりする人もいるようだが、そんなたわ言に我が身を委ね切る人はどこにもおらず

我が道は我が道としてそのゴールを越してよりしかわからぬものとして腹に悟す。



『人生とは人が生きるとはどういう事ですか』と、まだ未成年の人達に問われる事

もたまにある。

尋ねたその人も少し照れ笑
分だけ、なぜかこちらの心強く打つ


その真剣さに応じるには自らの正直さでしか出来ないが、

『そうやって自身に問答しながらも、自分が知らぬ世界に遭遇して、自分なりの考

えや意味を得てはまた考える事の繰り返しがそうだと思っているが、究極には自分

にとってここまでの人生の時間はどうかと、最後の最後に問えたら全うと言えるか

も知れません。だからこそ今その途上であるという観点に立って、自らの弱さも強

さも理解した上で、今選択している現実をしっかり生きて行く事だと思います。

立派であるとか是非の判断に
恐れ迷うより、今選択した道よりその先は連なってい

るという絶対性に意識を置いて、日々をしっかり味わってください。

過ぎた時間は去り行
て新たな時間はそこに待つ』



駅からの帰路、つい先日の青年達とのやりとりを思い出しながら、いつしか肩に

に触れだした秋雨の中を急ぐ。

優しき雨、せわしい靴音、まだまだ胸の鼓動は続いている。




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