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のぼりりゅうかんめいほう




第175号 2018年7月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第145回 三重県伊賀市新大仏寺・西蓮寺 名張市宇流冨志禰神社 》    


 

                                                 
新大仏寺
   
   
                      新大仏寺境内


   
           大佛殿                    盧舎那仏


   
           楼門                      明王殿

      
   
           太子堂                      上人堂


   
      宝蔵庫(大仏奉安置)                   鐘楼堂


   
          岩屋不動                   白寿観音と慈母観音


   
    不動の顔        不動の顔と腕            芭蕉の句碑
  

西蓮寺

    
                       鐘楼門


   
            本堂                    真盛上人本廟

  
   
           観音堂                     寺務所


宇流冨志禰神社

 
                     茅の輪から境内


   
          拝殿                       本殿


   
         興玉神社拝殿                  皇太神宮遥拝所


   
           手水舎                   境内の前の鳥居

            
     



 
    白玉明神・愛宕神社       稲荷神社・護国神社       八坂神社・市杵島姫神社      
           
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新大仏寺

新大仏寺(しんだいぶつじ)は、三重県伊賀市富永にある真言宗智山派の寺院。山号は五宝山。
本尊は盧舎那仏。

歴史
この寺は、1202年(建長2年)源頼朝が後鳥羽法皇の勅願寺として開創、重源を開山として創建
されたと伝えられる。
重源は鎌倉時代に東大寺大仏と大仏殿の復興事業を指揮した僧として知られ、当寺は東大寺の
伊賀別所となった。新大仏寺と称する所は重源上人が東大寺に敬意をはらって寺の名前に新の
字を加えた。その後、長らく衰退し、戦国時代末期にはかなり酷い状態であった。
1688年新大仏寺を訪れた松尾芭蕉は、その様子を『笈の小文』や『伊賀新大仏之記』で記してい
る。再建されたのは江戸時代中期の寛延年間(1748 - 1751年)のことである。

文化財
本尊の木造如来坐像(像高4.05メートル)は、頭部が仏師快慶の作で地元では「阿波の大仏さ
ん」として知られている。松尾芭蕉は丈六にかげろふ高し石の上 の句を読み、その句碑も残され
ている。なお、芭蕉の故郷の伊賀では句碑ではなく芭蕉塚と呼ばれている。


《西蓮寺》

西蓮寺(さいれんじ)は、三重県伊賀市にある天台真盛宗の別格中本山。山号は医王山。
本尊は阿弥陀如来。

歴史
この寺は創建年代については不詳であるが、もと補陀落寺の一堂として建立されたもので、室町
時代後期の延徳年間(1489 - 1492年)、天台宗真盛派の祖真盛がこの堂を寺に改めて西蓮
寺と号した。真盛はこの寺で別時念仏を修したが、この寺で没している。江戸時代には藤堂氏の
帰依を得た。

縁起
この寺は大津市坂本本町天台真盛宗総本山西教寺の三大末寺の一つで、伊賀地方の別格本
山である。縁起によれば延暦24年(805)伝教大師の創建とあり、明応元年(1495)真盛上人が
御巡錫の砌、諸堂を復興更に明応4年(1495) 正月15日、再度御巡化になり四十八夜の別時
念仏会中に二日晦日病のため「我亡き後は志を励まし無欲清浄にして専ら念仏を勤めよ」 と
遺戒され御遷化になった。
上人の常住の床を外し、白砂を敷き詰めて亡骸を安置した。今もなお念仏に励む諸人の所に現
れて、御化導されておられる。当寺は真盛上人の御本廟地である。

真盛上人は、嘉吉3年(1443)伊勢国大仰の郷で地蔵菩薩の化身として生まれ、比叡山に於て
永年修行の未、戒称二門(行いを慎むための戒めと弥陀の名号を称える)の御教えを開かれた。
上人は、後柏原天皇より円戒国師、明治天皇より慈摂大師の称号を賜り昭和天皇より「慈摂」の
勅額を下賜された。


《宇流冨志禰神社》

宇流冨志禰(うるふしね)神社は、三重県名張市平尾三三一九番地に鎮座し、主祭神は宇奈根
(うなねのみこと)、その他には、武甕槌命(たけみかつちのみこと)、經津主命(ふつぬしのみ
こと)、姫大神(ひめおおかみ)、大物主命(おおものぬしのみこと)、火之迦具士命(ほのかぐつち
のみこと)、宇迦之魂命(うかのみたまのみこと)、建速須佐之男命(けんはやすさのおのみこと)
天兒屋根命(あめのこやねのみこと)、応仁天皇(おうじんてんのう)、仁徳天皇(じんとくてんのう)
が祭られている。

祭神
当社は延喜式国史現在社にて、主祭神宇奈根命は神武建国の始め一国の瑞穂と氏族の安泰を
祈願する為に祭祀される。
天正伊賀の乱にて沿革誌等兵火に遭い焼失するも古文書によれば貞観15年(873年)宇奈根神
従五位とあり、後神位階昇進し永徳元年従一位に昇進(神園大暦に見ゆ)天武天皇3年圭田四
十二束四ヶ所を以て祭祀するとあり、文徳天皇仁寿元年官幣をうけ国司より幣帛を賜るとある。
鎌倉幕府開府により廃止となるまで歴代崇敬篤く、その後松倉豊後守勝重公及び藤堂高吉公
伊賀国に移封領主とし、尊敬篤く神威高昂社勢整い、明治14年県社の社格を受け明治40年附
近村落の14社を合祀し郷土の鎭守神として親しまれ信仰されて現在に至る。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》

今月は久しぶりにTeam200のメンバー三人での撮影行で、三重県の伊賀市と名張市に
足を延ばしました。
梅雨にもかかわらず晴天で、田舎道、山道のドライブを楽しみながら、ナビがないと
到底たどり着けない古刹を巡らせていただきました。

 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


 のぼかんへようこそ!

『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
今までどこにもなかった
観名法です

我が子の内面がわかりづらい
人間関係が苦手である等の
悩みについて、ひとり一人の
持つ名前より解き明かして
いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
の「文字の分析」を毎月発表して
います

『のぼかん』の文字の解釈が、
あーなるほど!と理解して
いただけることと思います