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のぼかん

のぼかんを学んで



中級科を受講して
土屋正律

初級科を終え、続けて中級科受講致しました。中級科では「字の理論」「形の法則」に加え、個人に関わる情報(姓、年齢、職場、家族など)の必要性やその情報を含めて個人やテーマを観ることが重要と学びました。
特に私が印象に残り学んだのは「テーマ」の課題です。はじめから正直に思いを出せない人もいる。その中で会話の中よりテーマを考えることが必要。見えやすい課題の真意は別にテーマがある可能性もあるという点が特に印象に残りこれこそが重要ではないかと認識しています。
私自身攻撃の形であり、テーマを持つよりもまずやってみて、出てきた課題に対応して来た認識です。テーマを待つのでなく、情報や自身を客観的な視点の中から見いだせるのではないかと振り返ってみました。
現状についてのみですが、私自身医療介護事業の社長を務めています。今までは先にあるようにいわゆるトラブル(社員同士の意見のすれ違い、お客様からのクレーム等)に目が行きがちでした。実際、客観的にみて、この情報は社内での一部の情報であり、事業全体や社会の立ち位置に視点を置くと今向き合う課題は世の中の方に必要とされる事であり、質の高い医療を提供することだと改めて認識致しました。私の視点が外に向かうことで社員の導く結果もかわると思っています。
以上自身の振り返りとなってしまいましたが、初級科で全体像をみれるようになったと思っていましたが、中級科を通じ日々の生活で心に余裕ができました。しばらくは学んだ事を事業に活かしたいという思いはありますが、将来的には同じようにテーマを見つけ、希望を実現したいという方の一助となれたらと思います。


中級科を修了して「自信と変化」
知多市   菖蒲満喜

初級科よりも奥深い中級科。情報を得る。6つの形による異形との関係性。
一つ一つを学べば学ぶ程、大まかさや迷いが確信に変わり自分の分析が確実なものへとなっていく過程が面白く、自信に繋がりました。
それでも上手く伝えれず書けない時は自分の不甲斐なさに苛立ち、中級科を学ぶ同志にさえ嫉妬する時もありました。
中級科を学んだ3ヶ月、「のぼかん」を学ぶまで漠然とした不安しかなかった日々ではなく、自分はどうありたいか、どうして行きたいか常に考え少しずつ少しずつ前へ進んで行けたような気がします。
「悩んでしまうのも私。何度も立ち止まってしまうのも私。」「それで良いのだ」と上先生、慶子先生にご教示いただき、最後の授業を終えた瞬間、スッと自分を受け入れる事が出来ました。
この感覚は「のぼかん」を中級科まで学ばなければ味わう事の出来ない感覚だと思います。
これから学ぶ立場から、伝える立場に挑戦します。
時に悩み、時に立ち止まりながらも一歩一歩進み、沢山の方々の個性に出会いそして学び、違う世界を観る事が楽しみです。
年を重ねても、学ぶという事は心を豊かにするのですね。
私は私。頑張ります。
半年間ありがとうございました。


感情の波、日々の生活がおだやかに・・・
名古屋市   岡上葉子
昨年11月にのぼかん初級科を学び始め、修了後そのまま中級科に進ませていただきました。この8ヵ月あっという間で、初級科の時に点だった知識が線になって繋がっていく感覚があり、そして毎回違った学びがあり、難しくもたのしい時間でした。実は、初級科を受講すると決めた時、「占い」的なイメージに魅力を感じて学び始めたのですが、ふたを開けてみると全く違って、のぼかんの「形の法則」と「字の理論」を用いて分析していくことで一人一人の発想法や世界観を知り、対人関係のメカニズムを紐解いていく学問の世界でした。「思っていたのと違う!!」(良い意味で)というのはありますが、今ではこの世界にどっぷりはまりつつあります。
「のぼかん」を学び、「一人一人はみな違う」の基本姿勢、家族であっても名前の文字によって発想法や世界観が全く違うことを知ったこと、自分自身を客観的に見られるようになることなどが少しずつ身についた結果、価値観の相違がはっきり出てしまう場面や今まででしたら感情の波風が荒くなっていたような出来事に遭遇しても、その感情に振り回されず、常にフラットでいられるようになりました。そんな自分でいるからか、「のぼかん」を学び始める前に比べて家族とも些細なケンカや衝突も減り、尊重し、認め合い、良い距離感をもっておだやかに過ごすことができております。このような変化が起きるとは、「のぼかん」を「占い」的なイメージで捉えていたころには想像もつきませんでした。
最後に、初級科を終えた時に掲げた、「人間関係に悩む人の問題解決のお手伝いができるようになること」という目標に向かい、精進していきたいと思います。
ありがとうございました。


のぼかん初級科を終え
愛知県東郷町  小林多恵子

私がのぼかんを始めたきっかけは、自分を知り成長したいという思いからでした。
自分や生まれ育った家族のことや、文字の形から個性を知る度に今までの経験してきたことからいろいろな思いが湧いてきました。
「どうして私はそのような言動をしてきたのか、、だからそうだったのか。」と
スッキリしてきたり、またモヤモヤしたりと学んでいる途中ではまだ自分の個性と向き合えずにいたのかな?と終わった今は思います。
その時は、自分の足りないところや、ないものに目が向きすぎていたように思います。ないところをどうにか埋めていこうと必死だったのかもしれません。
生まれたままの私をありのままの自分を世界でたった一人の私を認めてあげなかったのは自分自身だったということに、また改めて気づかされました。
学んでいくうちに価値観も個性もどちらも良い悪いはないこと、人の価値観や存在に上も下もないことがわかりました。
社会で生きているうちに忘れてしまっていたなあと、、。
そして私の場合は、名前の中に箱(我慢形の文字)があるため、自分の気持ちをしまえるスペースがあったことで溜め込んでしまうところがあること、それが良くもあり、悪くもありということがずっと悩みでした。
それをどうしたらいい?周りの人に伝えるには?と改善点はいくつかありました。気持ちを整理してから伝えること。
そして事実に感情もくっつけてしまっていたこと。物事の事実だけを見ること、その人の個性、自分の個性を丸ごと認めること。
人間なので好き嫌いがあったり、いろんな感情があっていいけれど、文字の形で事実だけを見ることで考え方や行動に違いがあること。
その人にとっての当たり前があること。
人は変えられないけど自分はどうするのか?どうしたいのか?で自分の考え方や行動はいつからでも何歳からでも変わっていける。その人らしく輝けることができる。16時間育代さんから学び、最後に上先生からのお話があり、これからの私の活かし方などさらに詳しく話していただきました。
これからの私を信じて一歩一歩進んでいきたいと思います。


初級科課程を学んで
愛知県 会社員  水野和子

初めて『のぼかん』を体験した時、占いとは違った感覚があり、新鮮に感じたのを覚えています。
仕事が営業と言う事で、接客の時に相手の事を少しでも知りたいという思いと、『のぼかん』をキッカケに馴染みが出来ればと軽い気持ちで受講しました。
月1回のペースでしたが、毎回なるほど!と思う事が多く、凄いなぁと思う反面、なかなか記憶する事が出来ないもどかしさを覚えつつも毎回楽しく学ぶ事が出来ました。
初級科を終えて今思う事は、復習をしながら人の名前の文字を観る練習を続け、自分自身が受けた刺激を忘れる事なく、自分にも周りにも前向きに取り組む事を確認しつつ伝え続けようと思います。


のぼかん初級科を修了して
愛知県・名古屋市   田中麻衣

のぼかんは名前の文字を「形の法則」や「字の理論」を用いてその人の世界観や発想法を知ることが大切ということを学びました。私はそれを家族や友人とのかかわり方に大いに参考にしています。
小学生の子育て中の私は日々迷い、思いに浸ることがあります。そんな時にのぼかんで学んだ私自身の考え方や行動のパターンを客観的にとらえ、それをこどもの特徴とすり合わせ声掛けや振る舞いに工夫ができるようになったり、とっさに発した時に感情的な言葉に、後で小さな反省会を心の中で行い、次に同じような状況の時はもっと工夫してみようと考えるようになったのです。
どんな事柄でも客観性は大事だと考えておりました。のぼかんという法則で自分自身や周りの人たちを客観的にとらえることで、冷静に余裕もって人間関係が構築できる、そんなヒントをいただいたと思っております。
文字は決して記号ではないと思います。特に日本に生まれ育ち、一つずつ意味を持ち形もしなやかな漢字や仮名のある言語・文化に浸る中でそれをのぼかんという形で再認識できて貴重な体験となりました。
講師の美樹さん、上先生。ありがとうございました。