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のぼかん

のぼりです

 「カラス」

私が小学校に上がるまでの「家業」は、県内外の公民館等を中心として父が一時間物の映画を二本上映して、その後母の踊りを五曲位披露するという家族一座で、三日置き位に場所を変えては生活していた。
母曰く「あんたは映画が好きで、毎日時間が来ると客席の1番前にちょこんと座っては、飽きず寝落ちするまで大人しく観続けていた」
「お父さんの持っている映画のフイルムは10本位で、聞くとその内容は完璧に覚えているのに、その日の上映の時間が来ると黙って客席に行く。
面白いの、と聞くとうんと頷く。言葉は少ないからあれこれ聞く事はしなかったけど、黙ってただ見つめる姿は、周りのお客さんにも奇異に映るらしく、前席の人は皆大人しく真面目に観ていたわ」

母の踊りの途中で子ども踊りとして私も一曲踊らされていた。
大抵二本目の上映が始まる頃は隣の客の膝を枕に寝落ちしているから、母がそっと来て抱き上げては、楽屋に連れて行き励ましては起こしながら化粧や着替えをさせる。
やっと出番が来る頃にはしゃんと目が覚めて、曲が始まり股旅姿の若衆に扮した、さっきの寝落ちしていたチビのお出ましに、客席は笑いと拍手で盛り上がる。
「花」と称したおひねりがあちこちから飛ぶ。
ポンポンと懐紙に包まれたのが飛んでは来るが、そこはプロの端くれ、そんなもの目にも留めずに踊り切っていた、と思っていたが、結構踊りながらもそれの飛び交う様を目で追う素振りが、面白いやら可愛いやらで客席はまたまた盛り上がったと後に聞いた。

私と言えば映画は好きだが、踊りになるとこうして笑われるのが実は嫌で嫌で仕方なかった。
父母なり考えた小さいながらも興行としての売りには欠かせない役だったのだろうが、楽しいとか嬉しいとか一度もなかった。
母にこうしてね、頑張ってねと言われると、黙って頷くけれども、幕開けの緊張も、必死なのに笑われることの意味のわからなさにも、人に自分を晒すこともそのうち耐えられなくなったけれども、その事をどんな風に母に言ったらいいのかさえ分からず、ただ言えば母が困った顔をするであろう事は何となくわかっていたから、結局そんな顔をさせてはいけないんだ、と飲み込む癖がしっかり身についた。
その当時の父が上映していた映画は「瞼の母」とか「岸壁の母」「母恋時雨」とか時代劇なら「忠臣蔵」など、とにかく戦後間もない中での誰にも覚えのある、悲しみ切なさ辛さの中の女や男の物語や、武士と生まれし以上はかくも厳しき道のりを、というようなまさに涙なくては観られない映画ばかりで、会場のそこここで、間違いなく啜り泣きが伝播しては、ラストなど大の男衆も嗚咽をもらす。

そんな大人の心の事情などはわからないが、私は私なりの鬱屈さは自覚して、あちこち滞在する先の短いサイクルで異なる環境の中にも、新しい土地に着いたら自ら「探検」と称して町中や村中を行き当たりばったりでうろつく事を唯一の楽しみとしていた。
大抵の集落の近くには大小の川が流れていて、その水音を聞きつけては、葦やススキをかき分けては到達する。するとその流れが急であろうが緩やかであろうが、我ながら嬉しくなって水に入っては喜ぶ。時に思った以上の水量と深さに流されかける事もあるが、一瞬に判断してそうなるのを避けたり防いだりしながら、何とか難を逃れるが、これで服が乾くまでここに居られると、芝居小屋に帰らなくていい理由を見つけては、その辺りで一人遊びに勤しむ。

何時間位そうしていたんだろうか、そんな時決まって向こう岸にカラスが現れる。
一羽が普通だったが、時に数羽して、見慣れぬ闖入者を頭を捻りながら眺めてくる。一度だけそのデッカいカラスが体の間近まで来て「ギャー」と叫びながら突こうとして来たが、なす術なく立っていると寸前で止めては飛び去って行った。
何か言いたかったんだろうかなと思いながら、カラスが飛び去るのは巣に帰る時といつか聞いていたから俺も帰ろうと思った。
群生するススキの背は、4、5歳の子には高すぎて中に分け入ると右も左も分からないが、私はこんな時とにかく闇雲にでも前に前に進む。無論水音から遠ざかっているかどうかは背中で感じながらだ。
すると村落の土手まで来ると、お得意のグルグル歩き回っていれば目当ての場所にやがて辿り着く。

小屋のある広場の隅で夕餉の支度をしている母は、またどこに行っていたの心配するじゃないと手を休めず聞く。「あっち」と答えてそれで終わる。
時にドラム缶の風呂だったり、五右衛門風呂だったり、世話人の家の風呂であったり、日々に定まらぬ身の回りの変化も黙って従う。
いつかしら固定した家を持つことへの憧れと安心と、同時に一生そこに留まり生きる事への、気の遠くなりそうな窮屈さと不安とが芽生え始めたキッカケの頃のお話しでした。

私が私である事への確認。
大人になっても涙を誘う現実の世界、それでも耐え生きる人の強さと弱さ。
我が意思をどう理解して解釈するべきなのかの難しさ。
ましてやそれをどう伝え教えて、そしてそれで私は満ち足りるものなのか。
父もわからない、母も好きだがわからない。
そして一番わからないのが自分自身。
ただ変化する環境や変わらぬ自然の優しさと怖さは、自分の意思で精一杯感じ取れる。
それでも人の心の事は何も教えてはくれぬ。
なんとなく大人になる事への不安と苦しさを覚え始めた頃のお話でもありました。

一人はいい気楽でいい、だがその分多くの事を考えなきゃならないのだなと、決して上手くは生きられない人間の一面も感じ始めた頃でもありました。












初級科修了式・水野さん


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