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のぼりりゅうかんめいほう




第163号 2017年7月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第133回   三重県伊勢市1 伊勢神宮外宮・猿田彦神社 》    


 

                                                 
《伊勢神宮外宮・豊受大神宮》
   
 
  
                       正宮


    
           神楽殿                    五丈殿

  
    
          九丈殿                      御厩


    
         忌火屋殿・祓所                 下御井神社

 

    
         第一鳥居                    北御門鳥居


    
         表参道火除橋                  火除橋


    
           多賀宮                    土宮


    
           風宮                    手水舎


  
       亀石             三ツ石             清盛楠


《月夜見宮》

        
           月夜見宮                   鳥居


       
            祓所                    手水舎
            

     
          高河原神社                    大楠

     
《猿田彦神社》

     
    
            本殿                     遥拝所


    
           赤門                     手水舎


    
          佐瑠女神社                   方位石


    
          さざれ石                   子宝池



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《伊勢神宮外宮・豊受大神宮》

豊受大神宮(とようけだいじんぐう・とゆうけ-)は、三重県伊勢市豊川町にある神社。
伊勢神宮の二つの正宮のうちのつである。一般には外宮(げくう)と呼ばれる。式内社(大社)。

皇大神宮(内宮)とともに正宮を構成し、両宮を参拝する際は外宮を参拝した後に内宮へ参るのが
しきたりとされる。

建物は皇大神宮と同様に外側から板垣・外玉垣・内玉垣・瑞垣の四重垣に囲まれ、南北の門に
宿衛屋が置かれている。建物は神職が交代勤務で24時間、警備・管理を行っている。

神徳は「豊受大御神はお米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神です」とされて
いる。


歴史

外宮の鎮座の由来について、『古事記』・『日本書紀』の両書には記載がない。
804年(延暦23年)に編纂された社伝『止由気宮儀式帳』によれば、雄略天皇の夢に天照大御神
(内宮祭神)が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神(とよう
けのおおかみ)を近くに呼び寄せるように」と神託した。
『止由気宮儀式帳』にはそれが何年のことであるという記述はないが、『大神宮諸雑事記』の第一
「雄略天皇」の条に「即位廿一年丁巳」、すなわち雄略天皇21年とある。
この神託を受け雄略天皇2277 (旧暦)、内宮に近い「伊勢国度会の郡、沼木の郷、山田
の原」の地に豊受大御神を迎えて祀った。
外宮の鎮座は内宮の鎮座から484年後のことであるという記述があるが、天皇の在位期間を機
械的に西暦に当てはめて計算すると、その年数が一致しない。
延喜式神名帳には「度会宮 四座」と記載され、大社に列している。

1876年の伊勢暴動の際には、中島・浦口・常盤・大世古といった町が炎上し、外宮でも防御態勢
を取ったが、破壊や放火といった被害は受けずに済んだ。
1945114日午後253分、外宮の神域に5か所6発の爆弾が投下され、五丈殿・九丈殿・
神楽殿・斎館で被害が発生した。その被害は軒先と戸障子の破損や板塀の倒壊、屋根に数か所
の穴が開いた程度で軽微であった。
728日から729日の宇治山田空襲では、御垣内にも焼夷弾が降り注いだが、御垣内が火に
包まれることはなかった。後に外宮宮域から搬出された焼夷弾の残骸はトラック3台分にも及んだ
という。


外宮別宮

別宮(べつぐう)は「正宮のわけみや」の意味で、神宮の社宮のうち正宮に次いで尊いとされる。

多賀宮 (たかのみや) 式内社(大)鎮座地:外宮境内(位置)
多賀宮は、外宮に所属する四別宮のうち、第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大
きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、豊受大御神の荒御魂あらみたま。神様の御魂のおだや
かな働きを、「和御魂にぎみたま」と申し上げるのに対して、荒々しく格別に顕著なご神威をあらわ
される御魂の働きを、「荒御魂」とたたえます。


土宮 (つちのみや) 鎮座地:外宮境内(位置)

ご祭神は、大土乃御祖神。古くから山田原やまだのはら の鎮守の神でしたが、外宮の鎮座以後
は宮域の地主神、宮川堤防の守護神とされ、平安時代末期に別宮に昇格しました。

土宮の前は式年遷宮山口祭やまぐちさい、御船代祭みふなしろさいの祭場でもあります。


風宮 (かぜのみや) 鎮座地:外宮境内

ご祭神は、風雨を司る級長津彦命、級長戸辺命で、内宮別宮の風日祈宮かざひのみのみやのご
祭神と同じです。雨風は農作物に大きな影響を与えますので、神宮では古より正宮に準じて丁重
にお祀りしています。


下御井神社

外宮の所管社で、内部には井戸があります。
日別朝夕大御饌祭ひごとあさゆうおおみけさいを始め、お祭りにお供えする御水をいただく上御
井神社かみのみいのじんじゃで不都合があった場合は、下御井神社でいただいた御水をお供え
します。

尚、上御井神社へ立ち入り参拝することはできません。



《月夜見宮》

月夜見宮 (つきよみのみや) 鎮座地:伊勢市宮後(位置)
ご祭神は月夜見尊。天照大御神の弟神で内宮別宮 月読宮のご祭神と同じです。
月読宮は月読尊と荒御魂をそれぞれ別の社殿にお祀りしていますが、月夜見宮は、月夜見尊と
月夜見尊荒御魂を一つの社殿に合わせてお祀りしています。

月夜見宮は、外宮北御門から西へ伸びる「神路通かみじどおり」の先にあり。樹齢数百年の楠を
始め、たくさんの木々に囲まれた神域は、市街地と思えない静かで穏やかな佇まいです。

月夜見尊は『古事記』、『日本書紀』によると、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみ
のみこと)の二柱の御親神(みおやがみ)が、天照大御神をお生みになられ、次に月夜見尊をお
生みになられ夜之食国をお治めになるようにご委任になられたと記されています。

また、『日本書紀』には、天照大御神のご神徳は「その光華明彩、六合くにの内に照り徹るほどで
ある」とあり、太陽にたとえられていますが、月夜見尊のご神徳はそれに次ぐものとして月になぞ
らえたと考えられます。

月夜見宮は、繁華街のある伊勢市の中心に鎮座しますが、古くは高河原たかがわらと呼ばれ川
の流れと農耕に深いつながりのあるお社です。
『延喜太神宮式えんぎだいじんぐうしき』には「月夜見社」とあり、外宮の摂社せっしゃの首位に列
せられておりましたが、鎌倉時代のはじめ、第83代土御門つちみかど天皇の承元4年(1210)に
別宮に昇格されました。

外宮北御門から月夜見宮に真っすぐ伸びる道は、地元の人々に「神路通り」と呼ばれ親しまれて
います。この道は神様が通う道とされ、真中を歩くことなどを遠慮する習慣があります。


高河原神社

月夜見宮の右奥に鎮座する外宮の摂社。宮川の河岸段丘上の高河原であるこの辺りの守護神をお祀りします。


《猿田彦津神社》

猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)は、三重県伊勢市の伊勢神宮内宮の近くにある神社である。猿田彦大神と、その子孫の大田命を祭神とする。旧社格は無格社(社格がないという意味ではなく「無格社」という社格)で、第二次大戦後は別表神社となった。

概要
日本神話によれば、猿田彦神はニニギの天降りの先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まった。倭姫命世記によれば、その子孫の大田命は天照大神を祀る地として倭姫命に五十鈴川川上の地を献上した。大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職したが、その宇治土公が邸宅内の屋敷神として祖神の猿田彦を祀っていた。明治時代に入り、神官の世襲が廃止されることになって、屋敷神を改めて神社としたのが猿田彦神社である。
猿田彦神がニニギの先導をしたということから、交通安全・方位除けの神社として信仰されている。
本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造である。欄干や鳥居には八角形の柱が使用されている。55日の御田祭は、三重県の無形民俗文化財に指定されており、神饌として飛魚を献上する風習がある。

境内には、天降りの際に猿田彦神と応対した天宇受売命を祀る佐瑠女神社(さるめじんじゃ)が猿田彦神社の本殿に向かい合うように建っており、芸能の神として信仰されている。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》


今回はTeam200のメンバーが4人での撮影会で、三重県のお伊勢さんにお参りと撮影にいきました。
作法に則り外宮から内宮へと、別宮もすべて巡りました。往路は雨模様でしたが撮影時は傘もいらないくらいで、順調にお参り、撮影をさせていただきました。
今月は1として、外宮と外宮の別宮そして猿田彦神社を、来月は2として内宮と内宮の別宮を掲載いたします。今回の参加者は米井さん、出原さん、小川さんと小倉でした。
米井さん、長距離を安全運転でありがとうございました。

 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


 のぼかんへようこそ!

『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
今までどこにもなかった
観名法です

我が子の内面がわかりづらい
人間関係が苦手である等の
悩みについて、ひとり一人の
持つ名前より解き明かして
いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
の「文字の分析」を毎月発表して
います

『のぼかん』の文字の解釈が、
あーなるほど!と理解して
いただけることと思います