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のぼりりゅうかんめいほう




第151号 2016年7月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第122回  滋賀県米原市 青岸寺・蓮華寺 》    


 

                                                 
《青岸寺》
   
 
      
          本堂                      本堂内 

  
      
           山門                       鐘楼
 
                          
      
          庭園                     蹲(つくばい)    



《蓮花寺》

  
      
           本堂                      本堂内

   
      
          勅使門                      鐘楼


      
          舎利塔                     庭園


         
      番場の忠太郎地蔵尊                 蓮華寺の一向杉
     

《地蔵川・梅花藻》

      
          地蔵川                     梅花藻
        

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《青岸寺》

青岸寺(せいがんじ)は、滋賀県米原市の太尾山西麓にある曹洞宗の仏教寺院で
ある。 山号は吸湖山、近江湖北二十七名刹第27番札所、近江七福神(福禄寿)
境内にある築山林泉式枯山水庭園「青岸寺庭園」で知られる。

創建は室町時代初期で、開基は佐々木道誉である。本尊は佐々木六角氏頼が造立
した「お腹籠観音」の名で知られる聖観音立像を胎内仏とする秘仏聖観音坐像。
本堂裏の 築山林泉式枯山水庭園日本庭園は国の名勝に指定されている。

室町時代の延文年間(1356-1381年)、近江守護の佐々木道誉が不動山の山号
と米泉寺の寺号で開創した。

その後、戦国時代に焼失したが、慶安3年(1650年)、彦根藩主井伊直澄の命に
より彦根大雲寺の要津守三が入山し、敦賀の伊藤五郎助の寄進により再興された。
明暦2年(1656年)伊藤五郎助が卒したことを悼み、彼の諡(おくりな)である
青岸宗天に因んで寺号を青岸寺、山号を吸湖山に改めた。寺は曹洞宗に改宗し、
大雲寺の末寺となった。再興時に作られた庭園は彦根の玄宮園・楽々園築庭のた
めに庭石が持ち出され、荒廃していたが、後に彦根藩士の香取氏により延宝6
1678年)に再築された。

青岸寺庭園
左手前に亀島(蓬莱島)、奥に三尊石、不動智尊、枯滝石組、右手前に護岸石組。
緑の杉苔は流水を表す。

江戸時代前期の枯山水庭園。三世住持の興欣により書かれた『築園記』によると、
延宝6年(1678年)、興欣の依頼で玄宮園・楽々園築造に関わった井伊家家臣の
香取氏が作庭したとされる。座視式を基本とする庭園であるが、面積2,717平方
メートルと広大であるため回遊式も兼ねる。

特徴
背景となる太尾山山腹の斜面地に無数の石を用いた石組み群によって山を築き、
巨石で組まれた力強い蓬莱島を前景の焦点としている。枯池泉における水の流れ
は一般的な白砂や土ではなく、杉苔を用いることに拠って柔らかく表現している。
多量に用いられた石の白との色の対比を計算したものとされる。
近代に建てられた書院「六湛庵」は庭園の風景に溶け込んでいる。

 

《蓮華寺》

蓮華寺(れんげじ)は、滋賀県米原市番場にある浄土宗本山(旧時宗大本山)。
山号は八葉山(はちようさん)。
本尊は発遣の釈迦如来と来迎の阿弥陀如来の二尊。

聖徳太子によって開かれた寺と伝えられ、当初は寺号を法隆寺と称したという。

1284年(弘安7年)当地の地頭で鎌刃城主土肥元頼が良忠の弟子とされる一向を
招いて寺を再建し、八葉山蓮華寺と号した。
蓮華寺は良忠の鎌倉における自坊の旧名である。
裏山に一向の荼毘地跡の杉と墓所がある。

1333年(元弘3/正慶2年)、後醍醐天皇の綸旨を受けた足利尊氏等に攻められ
た六波羅探題北方の北条仲時が、持明院統の光厳天皇、後伏見上皇、花園上皇を
伴い東国へ落ち伸びる途中、行く手を佐々木道誉に塞がれたため、やむなく蓮華寺
へ至り、天皇と上皇の玉輩を蓮華寺に置いた後に、本堂前で一族郎党432名と伴に
自刃した。その際に血が川の様になって流れたと伝わる。
時の住持の同阿上人が彼らを憐れみ法名を与え、過去帳に登載したのが有名な『陸
波羅南北過去帳』である。寺内にあるその主従の墓とされる一石五輪塔群は近代に
なってから整備されたもので、別に向かいの六波羅山とよばれるところの麓に五輪
塔がある。

その後、一向と同じ念仏勧進聖の一遍の時衆と同一視されるにおよび、江戸時代に
当寺は、時宗十二派に属する時宗一向派の本山と位置づけられ近世を経る。

時宗からの独立運動の結果、1943年になり浄土宗に蓮華寺以下57末寺とともに転宗
した(その他末寺29寺は時宗に残留)。
浄土宗七大本山に次ぐ格式として特別寺格「本山」とされている。

長谷川伸の戯曲「瞼の母」の主人公で番場出身の博徒である番場の忠太郎地蔵があ
る。



《地蔵川・梅花藻》

滋賀県米原市醒井・地蔵川は、居醒の清水などから湧き出る清水によってできた
川で、大変珍しい水中花「梅花藻(バイカモ)」で有名です。水温は年間を通じて
14℃前後と安定しており、貴重な淡水魚である「ハリヨ」も生息しています。
また、「居醒の清水(いさめのしみず)」は、平成20年6月「平成の名水百選」
(環境省)にも選ばれています。

梅花藻(バイカモ)はキンポウゲ科の淡水植物。
梅の花に似た、白い小さい花を5月中旬~8月下旬まで咲かせます。
梅花藻と呼ばれるこの水草は、水温14℃前後の清流にしか育たず、全国でも生育
場所が限られています。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》


  小雨降る中、久しぶりのTeam200の撮影会で滋賀県米原市に向かいました。
  幸いにもお寺の撮影時は雨が止みましたが、地蔵川に着くころにはひどくなり、
  雨の中での梅花藻見物となりました。

  今回のTeam200の参加者は池田さん、米井さん、出原さん、小倉の4名でした。
  ありがとうございました。

 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の200号達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


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『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
今までどこにもなかった
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いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
の「文字の分析」を毎月発表して
います

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あーなるほど!と理解して
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