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のぼりりゅうかんめいほう




第154号 2016年10月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第125回  和歌山県日高郡  道成寺・上阿田木神社・紀道神社》    


 

                                                 
《道成寺》
   
 
      
           本堂                       仁王門 

  
          
           護摩堂                      三重塔
 
                          
      
           念仏堂                      十王堂    

  
      
           宝仏殿                    第二鐘楼堂跡


      
           鎮守三社                     入相桜

   
《上阿田木神社》     

      
          鳥居・本殿                    鈴門・本殿


      
           鈴門                       大鳥居               

    



《紀道神社》

      
         大鳥居                       拝殿


      
         鳥居より拝殿                     拝殿

         

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《道成寺》

道成寺 (どうじょうじ)は、和歌山県日高郡日高川町にある天台宗の寺院。
新西国三十三箇所観音霊場の第五番札所である。道成寺創建にまつわる「髪長姫伝
説」(「宮子姫伝記」)や、能、歌舞伎、浄瑠璃の演目として名高い、「安珍・清
姫伝説」で知られる。この伝説は平安時代中期に編纂された『大日本国法華験記』
にすでに見える古い話である。

歴史
大宝元年(701年)、文武天皇の勅願により、義淵僧正を開山として、紀大臣道成
なる者が建立したという。別の伝承では、文武天皇の夫人・聖武天皇の母にあたる
藤原宮子の願いにより文武天皇が創建したともいう(この伝承では宮子は紀伊国の
海女であったとする)。これらの伝承をそのまま信じるわけにはいかないが、本寺
境内の発掘調査の結果、古代の伽藍跡が検出されており、出土した瓦の年代から
世紀初頭には寺院が存在したことは確実視されている。1985年に着手した、本堂解
体修理の際に発見された千手観音像も奈良時代にさかのぼる作品である。

寺に残る仏像群は、大半が平安時代初期から中期のもので、この頃は寺勢さかんで
あったと推定される。現存する本堂は正平12年(1357年)頃の竣工であるが、寺は
その後衰微し、天正16年(1588年)の文書によれば、当時は本堂と鎮守社が残るの
みであった。明暦元年(1655年)、藩主徳川頼宣の援助で本堂の屋根葺き替え等の
修理が行われ、仁王門、三重塔などの諸堂塔は近世を通じて徐々に整備されていっ
たものである。


《上阿田木神社》

上阿田木神社は和歌山県日高郡日高川町にある神社で、主祭神は伊弉冉命。
由緒、沿革によると、延喜22年(922年)、熊野権現の神託により寒川村大原へ、
更に延長六年(928年)現在地に遷座したとのことある。

昔は上愛徳六所権現と称えられ、別当阿弥陀寺を持つ壮麗な神社であったが、永禄
五年(1562年)の兵火で焼け、元亀二年(1571年)寒川家第20代別当直景が、氏子
と協力して社殿を再建すると共に、将来に備えて境内に杉・桧を植林した。

現在のうっそうたる社叢に見られる古木のほとんどは、当時のものである。
境内林は樹齢450余年以上の杉檜の大木が生い茂り、昼尚暗い誠に神域にふさわし
い県下に於いても有名な林相である。

老杉、檜の下に生い茂る植物も学術上貴重な存在であると言われている。
中でも特筆すべき老杉は、通称蛇杉と重右ェ門杉である。
胸高周囲6m余り、樹高40m、材積は5080m3で、当社のまさに巨木であり名木で
ある、日高地方に於いても最も古い杉檜の林である。


《紀道神社》

和歌山県日高郡日高川町にある神社で、主祭神は紀道大明神。
第四十二代文武天皇の時代(703年頃)に、日高郡矢田荘に髪長姫(宮子姫)伝説
で名高い勅願寺道成寺創立の際、天皇の命を受けて造営のため来郡した紀大臣藤原
道成卿(紀道成)が、船着村(現中津村)大字船津字滝本の里神境内にある楠の
大木を道成寺建築材料にしようとそれを切り、筏にして運ぼうとした。

なにぶん大木なので日高川の増水を待って筏に乗り流下した時、現在の当神社境内
地の少し北東の所で岩に当たり、増水にのまれて薨去された。

里人たちは近くに小社を建立してその霊を祀った。
文武天皇は紀道大明神の神号を贈り、生前の功績に報いた。
その後元和61620)年日高川大洪水の際流失し、御坊市名屋の松の木にその御神
体が漂着した。
それをもらい受け再建したが再び大洪水にて流失、やはり同所の同じ松の木に漂着。

度は高地に当たる現在の宮の平に造営したので洪水の心配はなくなったが、その
後、野火に合い焼失する。
延宝51677)年9月小社再建、以後改築修復を重ね現在
に至る。

道成卿が楠の筏に乗り死亡したためか、当神社境内(6,500㎡)には楠は1本もなく
又幾度か栽植せしが生育の例なしと伝えられる。

又、道成卿が乘った筏が当った大きな岩を「御膝の岩」といわれ、日高川の難所の
一つで当時の交通機関である船や筏で通る人々は恐れ奉拝したと言われる。

紀道成を埋葬したと伝えられる地(字紀道芝)に昭和599月、元宮碑を建設し、
後世にその遺徳をたたえている。

又紀道成が着用したと伝えられる装束が道成寺に安置されている。



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《 今月の撮影者・小倉 光 》


  今月は、Team200のメンバーが久しぶりに5人集まり、途中台風の影響で
  暴風雨にみまわれながら、道成寺に着く頃はカラッとしたお天気に恵まれ、
  青空での撮影となりました。
  片道2時間余りの道中でしたが賑やかな旅になりました。
  運転の米井さんには、いつもながらの安全運転に感謝です。
  ありがとうございました。

 
 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の200号達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


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