本文へスキップ







のぼりりゅうかんめいほう




第157号 2017年1月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第128回  滋賀県大津市 園城寺(三井寺)・近江神宮 》    


 

                                                 
《園城寺(三井寺)》
    
    
                                 仁王門(大門)


     
           金堂                      釈迦堂


     
         観音堂                      一切経堂
    

     
          唐院灌頂堂                  三井の晩鐘


     
         三重の塔             「三井寺」の由来となった井戸「閼伽井屋」 
 
  
   
《近江神宮》     

     
           楼門                      外拝殿


     
           本殿                     内拝殿
            

     
         内拝殿より本殿                   神楽殿


     
         
一の鳥居                     二の鳥居


§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


《園城寺(三井寺)》

園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市にある、天台寺門宗の総本山。
山号を「長等山(ながらさん)」と称する。

開基(創立者)は大友与多王、本尊は弥勒菩薩である。日本三不動の一である黄不
動で著名な寺院で、観音堂は西国三十三所観音霊場の第14番札所である。
また、近江八景の1つである「三井の晩鐘」でも知られる。

一般には「三井寺(みいでら)」として知られる。

三井寺は7世紀に大友氏 (古代)の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留
学僧円珍(天台寺門宗宗祖)によって再興された。三井寺は平安時代以降、皇室、
貴族、武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀頃から比叡山延暦寺との対
立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上度々あ
った。近世には豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となったこともあるが
こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから、三井寺は
「不死鳥の寺」と称されている。


三井寺の起源については、次のように伝承されている。
大津京を造営した天智天皇は、念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようと
していたが、生前にはその志を果たせなかった。天皇の子の大友皇子(弘文天皇)
も壬申の乱のため、25歳の若さで没している。大友皇子の子である大友与多王は、
父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願した。
壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇は、朱鳥元年(686年)この寺の建立
を許可し、「園城寺」の寺号を与えた。

なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の
産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて
三井寺となったという。

文禄4年(1595年)、三井寺は豊臣秀吉の怒りに触れ、闕所(寺領の没収、事実上
の廃寺)を命じられている。この結果、三井寺の本尊や宝物は他所へ移され、金堂
をはじめとする堂宇も強制的に移築された。当時の三井寺金堂は比叡山に移され、
延暦寺転法輪堂(釈迦堂)として現存している。
慶長3年(1598年)秀吉は自らの死の直前になって三井寺の再興を許可している。
これは死期を悟った秀吉が、霊験あらたかな三井寺の祟りを恐れたためとも言われ
ている。秀吉の再興許可を受け、当時の三井寺長吏・道澄が中心となって寺の再興
が進められた。現在の三井寺の寺観は、ほぼこの頃に整えられたものである。


《近江神宮》

近江神宮(おうみじんぐう)は、滋賀県大津市に鎮座する神社。
皇紀2600年を記念して同年に相当する1940年(昭和15年)に創祀された。

天智天皇6年(667年)に同天皇が当地に近江大津宮を営み、飛鳥から遷都した由緒
に因み、紀元2600年の佳節にあたる1940年(昭和15年)の117日、同天皇を祭神
として創祀された。

終戦直後には、神道指令が発令された1945年(昭和20年)1215日のまさにその当
日に、戦後復興を祭神(天智天皇)に祈願した昭和天皇の勅旨により、同神宮は勅
祭社に治定された。

例祭は大津宮に遷都された記念日の420日に勅使が参向して行われる。このほか
主な祭典として、610日時の記念日の漏刻祭、77日(年により5日)の燃水祭
117日の御鎮座記念祭、121日(年により2日)の初穂講大祭、1月前半の日曜
日のかるた祭(かるた開きの儀)などが行われる。
また、日本古式弓馬術協会による武田流鎌倉派流鏑馬神事が113日に行われてい
たが、平成27年から6月第1日曜日に変更された。

天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置した歴史から境内には各地の時計業
者が寄進した日時計や漏刻などが設けてあり、時計館宝物館と近江時計眼鏡宝飾専
門学校が境内に併設されている。


§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

《 今月の撮影者・小倉 光 》


  今月のTeam200はまだ少し紅葉の残る滋賀県大津市の古刹と由緒正しき地に
  再
創祀された神社を訪ねました。天候にも恵まれ絶好の撮影日和でした。
  参加者は米井さん、小倉でした。
  いつものように安全運転で、ありがとうございました。

 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


 のぼかんへようこそ!

『のぼかん』は、文字の形で
その世界観を観ていくという
今までどこにもなかった
観名法です

我が子の内面がわかりづらい
人間関係が苦手である等の
悩みについて、ひとり一人の
持つ名前より解き明かして
いきます

「文字の再発見」では講師の皆さん
の「文字の分析」を毎月発表して
います

『のぼかん』の文字の解釈が、
あーなるほど!と理解して
いただけることと思います