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のぼりりゅうかんめいほう




第165号 2017年9月1日更新

文字に観る不思議な世界





《 日本二百寺社巡り 第135回   滋賀県大津市・日吉大社 》    


 

                                                 
《日吉大社》
〈西本宮〉
   
  
                      西本宮本殿


    
            楼門                      拝殿
  

    
          宇佐宮本殿                   宇佐宮拝殿


    
          白山宮本殿                    白山宮拝殿

 

    
           恵毘須社                    牛尾宮


    
           神猿舎                   神馬舎

〈東本宮〉

    
          東本宮本殿                    拝殿


    
          樹下宮本殿                    拝殿


    
          大物忌神社                     楼門



        
         竈殿社              亀井霊水          葵の葉




    
            鳥居                     山王鳥居
           
     
    
          大宮橋                     猿の霊石


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《日吉大社》

日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。
式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。
猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。
社名の「日吉」は、かつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとし
ている。

祭神
2つの本宮と以下の5つの摂社から成り、日吉七社・山王七社と呼ばれる。
本宮
西本宮:大己貴神(大国主神に同じ)

東本宮:大山咋神
5摂社
牛尾宮:大山咋神荒魂 - 大山咋神の荒魂

樹下宮:鴨玉依姫命
三宮宮:鴨玉依姫命荒魂 - 鴨玉依姫命の荒魂
宇佐宮:田心姫神
白山宮:菊理姫命

歴史
文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐
し」とあるのが初見だが、これは日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。
日吉大社は、崇神天皇7年に、日枝山の山頂から現在の地に移されたという。

また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三
宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。
なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

西本宮の祭神・大己貴神については、近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のた
め大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上
位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬され
るようになった。神階としては、元慶4年、西本宮の祭神が、寿永2年、東本宮の祭神が、それぞ
れ正一位に叙せられた。

『延喜式神名帳』では名神大社に列格し、さらに長暦3年、二十二社の一社ともなった。

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神と
して崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならっ
て山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結び
つけて山王神道を説いた。
中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出したみこしは日吉大社のものである。天台宗が全国
に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建され、現代の天台教学が成立するまでに、与えた影
響は大きいとされる。

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる
建造物は安土桃山時代以降、天正14年(1586年)から再建されたものである。
信長の死後、豊臣秀吉と徳川家康は山王信仰が篤く、特に秀吉は、当社の復興に尽力した。
これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考え
たためである。

明治に入ると神仏分離令により仏教色が廃された。また本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮
の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社
に格下げした。
明治4年、官幣大社となった。昭和3年、東本宮・西本宮ともに官幣大社となり、元の形に復した。

2006年(平成18年)67日、歴史的風土特別保存地区に指定された。


国宝
西本宮本殿 - 1586年(天正14年)の建立。檜皮(ひわだ)葺きで、屋根形式は「日吉造」という、
日吉大社特有のもの。正面から見ると入母屋造に見えるが、背面中央の庇(ひさし)部分の軒を
切り上げ、この部分が垂直に断ち切られたような形態(縋破風)になっているのが特色。

東本宮本殿 - 1595年(文禄4年)の建立。建築形式は西本宮本殿に似る。
昭和初期までは「大神神社本殿」と呼ばれていた。


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《 今月の撮影者・小倉 光 》


今月はTeam200は夏休みということで、急遽、およそ2年半ぶりに単独での撮影で日吉大社に
参拝させていただきました。
古式ゆかしい、歴史のある立派な神社にお参りできました。

 

 Team200とは
「のぼかん」の毎月1日更新のホームページ表紙を飾る、『全国200神社 仏閣紹介の撮影旅行隊』の 略称で、ホームページ第139号、寺社巡り第110回より活動しています。
宗派、信仰教義内容に捉われず、日本の津々浦々における信仰対象となっている、日本独特の建造物
と呼ばれる神社 仏閣の姿やその歴史をご紹介出来たらとの願いより、サポーターTeamが発足したの
です。
『日本二百寺社巡り』の、200寺社巡り達成予定が2023年1月予定❗  元気に楽しく挑戦します。
応援よろしくお願いします‼


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