
関西のぼかん 「明暗」 小倉 光
東海のぼかん 「上中下」 近藤 慶子
名古屋西教室 「法」 宮嶋 徳子
春日井東教室 「迷い」 植村 直美
豊田東教室 「憧れ」 魚澄 文乃
半田東教室 「基本」と「応用」 岩浪 房子
豊田北教室 「届く」 曽根 博子
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≪ 関西のぼかん 「明暗 」 ≫ 小倉 光
「宇宙から見る地球の美しさは、かくも神々しいものかと、ただただその感動に浸り入るの
み」との宇宙飛行士の話を聞いたことがある。
暗黒の宇宙に浮かぶ地球の青白く輝く様の表現は、きっと私たちの知りうる限りの賛辞を
もってしても叶わぬものなのでしょう。
夜が明けて日が昇り、また夜を迎えて朝日を待つを繰り返す。
この宇宙の自然の摂理に基づき、生まれ、生き続ける私たちは、その「心」の中にも明るい
日差しや夜の暗闇を持つ。
決して心躍る、キラキラ輝く明るさだけではなく、悲しみや苦しみに打ち震え、それでも漆黒
の世界をさ迷い歩くことを、自分もこれまでちゃんと認め、知ってもきた。
今回は意味としては充分に理解している、この「明暗」を『のぼかん』的に観てみましょう。
「明」るい、「暗」い、ともに左右に分かれているので、「受け入れの形」ですね。
受け入れ、受け流し、その間に検証・吟味する力があると考えます。
一度でそれを果たせなくても、上下に間口がありますから、何度でも繰り返す能力もあり、
その内には、自分なりの価値観を確信できるようになる、と考えていいでしょう。
これが検証・吟味するという意味でもあります。
さて、六つの形すべてにいえることではありますが、それは一ヶ所に止まり、何の刺激も受
けない状態では、その機能の発揮とはいきませんね。
それは「生きる行為」をしてこそ、私たちの持つ名前の文字の「力」が作用していきます。
「生きる行為」とは、動ける者は積極的、消極的に限らず社会に入り、混じり、その情報や
刺激を体感するということです。
動けない者は、その人達を看護・介護する者が、それを知って情報や刺激を与えるという
ことです。
すると否が応でもそれに対する「本人なりの」考え方や対応が生まれます。
『のぼかん』ではこれを「文字の情報に対する反応」として、その人の心の世界観の基本と
学びます。
そして「どう反応するのか」を知る字の理論に、この「明暗」を当てはめてみましょう。
「明」・「暗」どちらも保守の部には「日」があります。
これは、そのものの基本的な価値観の世界を表します。
つまり「日」は、四方を囲った対応に、上・下二つの色分けした世界を持つとします。
上下ですから、徐々に変化した質の違いと考えます。
それを横線で仕切るわけです。
ちなみに、横に二つの部屋や三つの部屋の字の場合は、大まかに異質のものが二つある、
三つあると考えれば良いでしょう。
さて、「明暗」の保守の部はどちらも同じ「形」の字ですが、この二文字の場合の異なる所
は、革新の部の「月」と「音」になります。
漢字としての意味は既に誰でも分かっていますが、『のぼかん』で観ると、「月」は我慢形
でその内面を徐々に徐々に現していくと考え、「音」は物事に立ち向かうことにタフさを有し、
常に「日」、つまり質感の識別を忘れないとも理解できます。
つまり「明」は、その持つ価値観にひたすら順当に対応し、あらゆる刺激に侵されることなく、
その役目をゆっくりながら表現するといえ、「暗」はその持つ価値観を基本に、積極的に刺
激に立ち向かい、更なる価値観の増すを覚えると解釈できます。
「明暗」とは、逃げることなくその使命・圧力に対し、それより得たものを内で積極的に反応・
吟味し、自分なりの新たなる価値観を創り出す、と観たらいかがでしょう。
一般的には月明かりを頼りに歩く安心さ、楽しさと、己の五感を総動員して、不安や恐怖に
苛まれながらも、必死にその道の在りよう、未来を探ろうとする、とでも考えられますが、
『のぼかん』的には、自分のここまで歩き、生きてきた経験則を基に、それの更なる検証を
課しながら明日に備える、と理解できます。
この私の未来は、決して他人のものと比較するものではなく、決して他と差別するものでも
なく、ただただ私の、私が歩いた生き様をベースに構築していくものであるということです。
ですから、何より「私を知る」『のぼかん』が基本になるのですね。
「明るさ」と「暗さ」は、正に対比の世界ですが、それは決して異なりが主ではなく、必ず互
いが連動して、「私の心」は機能していることを教えてくれます。
私を知り、私を認め、私を見つめ直す。
この繰り返しの中で、『のぼかん』の考え方の偉大さを改めて知る、今日この頃です。
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≪ 東海のぼかん 「上中下」 ≫ 近藤 慶子
朝夕が涼しくなり、庭の蝉の鳴き声も何時からか耳にしなくなりました。
そのうち夕空に、赤とんぼを見かけるようになるのでしょうね。
少し前までは猛暑の日々でしたが、夏の終わり秋の訪れ、季節の移り変わりを、虫や草花
などが教えてくれます。なんだか素敵ですね。
7月に初級科講師資格試験に合格されました井上さんと後藤さんが、上先生特別講習を終
えられました。
先生の講習時に「上下」の文字の分析があり、これがとても奥深いものでしたので皆さんに
もお伝えしたく、また文字の観方の基本とも言えますので、『のぼかん』を学んでいる皆さん
にも参考にしていただけるよう、「上・中・下」を分析していきます。
【上中下】
どの文字も直情の形ですから終始一貫した姿勢があり、物事を貫く強さがあります。
「上」と「下」は、中心線より右側に横線「一」や「丶」がある事により、右側の方に思いの強
さがあると観て行きます。その二つの文字と比較すると「中」は、左右のバランスが取れ、
公平な判断力を持つと観ます。
【上】
終始一貫した姿勢があり、アンテナ的要素でもある縦線「|」で情報をチェックし同時に意
思とし、その意思を基に右側の横線「一」により情報を上下に仕分けします。「上」は→保守
の質がありこの展開の中で情報を上下に整理しますので、保守的な発想、基本を基に上下
直角の対応、きっちりと情報を「こちらとあちら…」と分け整理を行い、下線「一」で堂々と受
け止め、揺ぎ無くプライド高く先に向かう姿勢があります。
「上」は、アンテナ的要素で情報を観察し先の事について常に想定をし、取り入れた情報は
基本を基にきっちり整理する真面目な対応があり、考えまとめた結果には下を振り返らない
プライドの高さがあります。
上を目指す時、上の立場にいる時…、上は下を振り帰らず、振り向かず常に先に思いを持
ち、また過ぎた事やマイナス面をいつまでも引きずらず、先へ先へと思いを向ける前向きな
姿勢と言えます。
【中】
左右のバランスが取れた公平な判断力と一貫した姿勢があり、「口」でまず情報に対応し
ますので、四方を囲むガードの慎重さはありますが、内面の大らかさ大胆さがあります。
「|」で意思を決めることにより、「口」の内面(一つの空間)を瞬時に左右にわけますので、
その場に応じた白黒明快な柔軟な判断力があるとも観ます。
「|」は上から下まで一本の縦線ですから、その意思がぶれない強さがあり、また一本足で
立っていますので、圧力と思うものには正直に向き合い、意思を曲げない芯の強さがあり
ます。
「中」は、一貫した姿勢があり、その場の情報に合わせた瞬時の明快な判断力や、偏った
見方をしない中立な対応ができます。また上下から情報を取り、明快な主張をします。
「中」は、上中下でなくても、大中小でもその中立な立場で堂々とした存在となります。
真ん中という事で、個性的な質ではありませんが、常に安定感のある字となります。
【下】
まず「一」で情報を受け止めます。圧力情報を受け止めた後に、自分の中に入れるかどうか
の判断となり、先の情報に重きを置くよりも、取り入れた事、これまでの経験則などをどの
ように活かそうか、展開しようかという、内での検証となります。
「下」も「上」と同じ様に→保守の質の展開の中で情報を上下に整理しますが、「上」の横線
「一」の直角と「下」の「丶」の斜めの仕分けでは大分違いがあります。
この「丶」斜めは、上下に仕分けしてもそれが下方向に流れますので、上下の考えが合流
してしまうと言えます。整理しまとめた考えは明快なものではなく、どこか緩さや大まかな仕
分けの姿勢が伝わります。
上線「一」の下では、取り入れた情報に「|」意思を持ち、保守の質の基本や思い、経験則
を基に情報を「丶」により上下に仕分けします。しかし、仕分けした上部が「丶」この斜めの
線の存在で下へ流れ、下のものと合流してしまいますので、良いも悪いも明快なものの判
断力が弱いと言えます。
「下」とは、圧力や周りの情報になびくことなく堂々とした対応があり、情報が来て取り入れ
てからそのものの存在について検証をします。経験則などを大事にし、情報を整理します
が、どこか緩やかさがあります。きっちりの仕分けでない事と下方向がありますから、もの
ごとを繰り返し掘り下げ検証していく様があります。
下に位置すると、上の人の意見などを素直に受け止める対応があり、自分の考えや意見を
伝える事が苦手で、思いを自分の中にためてしまう事も多いです。また情報を与えられる事
に慣れていて、情報を受けてからの対応となります。
「上」「中」「下」どれも直情の形であり、シンプルな文字ですが、ひとつひとつの特徴を観て
いくと、全く異なるものと理解できます。
「上」先の事の想定をし、計画を立てプライド高い姿勢
「中」中立な立場での安定した姿勢
「下」取り入れた情報を、経験則を基にコツコツと分析をする姿勢
「上」「下」
人は産まれてから先「上」に向かって生きていきますが、上に位置する親や大人、指導者
の下で学び成長をしていきます。
「下」にいるうちは情報を与えられるのが当たり前で、自分の経験した事の中での判断力を
基に成長をしていきます。
それが「下」の立場から「上」の立場に行く時は、与えられる側から情報を与える側となりま
す。これまで上下関係で「上の下線」「下の上線」とのそりが合い、指導者の結果を素直に
受け止めていた事が多く、その指導者がどう物事を捉えていたのかは、「上」の上部が見え
ないのと同じでわからないといえます。
下の立場から上の立場となるには、体験した事のないものも多く、これまでのように守られ
る事は少なくなり、見えない不安が多いといえます。
またこれまでの慣れた世界は、居心地がよいのは当たり前ですから、その世界からなか
なか出られない事もあり、戸惑いは誰でもあります。
皆さんはこれからのぼかんの講師として、学ぶ人の上に立つのです。
何時までも教えてもらえるという生徒や下の位置にいる意識は徐々に切り替えていき、上
に立ち『のぼかん』の「基本」に則って伝え、学ぶ気持ちをより一層確認されて、新しき世界
に立ち向かっていただきたいと思います。
私自身も常に整理をし、先の目標に焦点を合わせ、精進してまいります。
ありがとうございました。
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≪ 名古屋西教室 「法」 ≫ 宮嶋 徳子
のぼかんは、正式名称を『上流観名法』といい、判断や鑑定という言葉を使って名前を観ず、
観名という新しい発想で名前から個性を理解する学問です。
「観名法」という聞き慣れない言葉と、「法」という字が仏語でもあることで、宗教的なものと捉
えられる方もたまにいらっしゃいます。
辞書によると、【法】とは
1.現象や事象などがそれに従って生起し、進展するきまり。法則。
2.社会秩序を維持するために、その社会の構成員の行為の基準として存立している規範
の体系。裁判において適用され、国家の強制力を伴う。法律。
3.集団生活において、その秩序を維持するために必要とされる規範。おきて。しきたり。道
徳や慣習など。
4.物事をする定まったやり方。正しい仕方・方法。
5.珠算で、乗数。または、除数。
6.インド‐ヨーロッパ語で、文の内容に対する話し手の心的態度の相違が、動詞の語形変
化の上に現れたもの。
と、実に多様で、しかもとても難しい言葉で説明されていてわかり辛いです。
また、これ以外に、仏語として「永遠普遍の真理」や、「法則」・「仏法」や「経典」も表します。
『のぼかん』のホームページには、『個人の世界観やその可能性、人間関係のメカニズムを
知る方法です』とありますので、1.であり、それが発展すると、3.も視野に入るように思い
ます。
「観名学」ではなく、「観名法」であることは、のぼかんがどんなものかということを理解する
上で、重要なポイントかもしれません。
今回は、「法」という字の分析を通して、『のぼかん』への理解を深めていただき、可能性や
目指す世界について考えてみたいと思います。
【法】
字が左右に分かれるので受け入れの形といい、常にテーマや相手を求める姿勢があり、情
報や圧力を受け入れては流すことを繰り返しながら、対象を吟味し続ける字と観ます。
流動的なものを受け入れ、継続的に対処する。
結論を出すというより、常に精査しながらより良いものを求めていく世界観があるといえます。
【氵】
基本の姿勢は、「氵」。
とてもシンプルですが、「↘」「↘」「↗」というように、方向と勢いが極端に変化します。
二度、留め「丶」を書いて確かめる慎重さの後に、その意志をしっかりと継いで、方向転換し
て上に跳ね上げます。
しっかりと地を蹴り天に伸び行く様は、ホップステップの後の大ジャンプ。
決め切った強さ・潔さ、志やプライドの高さを思わせます。
また「氵」は、情報収集や分析を細やかにするというよりも、自由な感性が元になっていると
見えます。
それは同時に、固定観念を持たず、『決め付けない』『自由な発想を楽しむ』姿勢にもつなが
るといえます。
変化しないものは何一つ無い無常の歴史の中で、変化することを許容し、自らも変化する。
『氵』の前向きな意志を元に、『去』で行動・実行します。
『去』
『土』と『ム』で構成されている字です。
『土』は真ん中にアンテナ的要素を持つ、左右対称のバランスの取れた字です。
公平さを心掛け、広い視野で慎重に検証を重ねます。
偏らない情報収集をしますが、その下にある『ム』は保守的な質があるので、最終的には自
分の価値観が影響した行動となります。
『ム』は、上向きの方向性も持ちますが、『土』があることで、圧力から守られると同時にその
主張は『土』に当たって跳ね返り、検証を繰り返すこととなります。
『土』から出る明快な主張は、その下にある『ム』の中で繰り広げられている飽くなき検証に
よって支えられているともいえます。
それはそのまま、のぼり先生の自分に厳しく問い続ける姿勢と重なります。
【法】は、情報や圧力を受け入れる中で、「氵」も「土」も「ム」も、全て上に向いているので、
備える姿勢と共に向上心があるといえます。
溜めるところの無い発散形の字で、状況に合わせた対応も可能です。
自由な発想や、両面を観るバランスの良さ、「これで良し」とせず、もっともっとと高みを目指
す姿勢を世に発信していきます。
『のぼかん』は、答えを求めるのでは無く、そのメカニズムを理解する方法ですが、時にあま
りの深さに圧倒されることがあります。
あらゆる状況を加味し、時間の経過を考慮し、関わる人たちの個性が相まって、限りない可
能性が広がります。
人の未来は決め付けられない。
そんな小さいものではありません。
もっと自由に、希望を持って、圧力にめげることなく上へ上へと生きて欲しい。
『のぼかん』の理論で経てきた人生を観た時、納得の理が目で見てわかります。
納得すれば、安心して未来へ向かうことができるでしょう。
『3.集団生活において、その秩序を維持するために必要とされる規範。おきて。しきたり。
道徳や慣習など。』
『のぼかん』の名前の観方が『法』として社会に広がり、いつか慣習として定着し、一人一人
違う個性が尊重され、活かされ、誤解の無い心通い合う平和な社会となりますように、ます
ます精進を重ねてまいります。
いつもありがとうございます。
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≪ 春日井東教室 「迷い」 ≫ 植村 直美
私達は、日々いろいろな場面で選択や決断をしていかないといけない事があります。一度
決めた事に迷いなく突き進む事ができるのであればいいのですが、うまくいかなくなった時
や何か困難に遭遇したりすると、どうしても迷いが出てきてしまいます。また、勢いで決めて
しまった後に、冷静に考え直してみると「これで良かったのかな・・」なんて迷う事もあります。
今回は「迷」という字を検証する事で、「迷い」とはどういうことなのかを検証してみたいと思
います。
「迷」
直情の形ですので、自分に対して忠実。何時でも何処でも状況に関係なく自分のスタイル
を通すと観ます。
「迷」は、「米」と「しんにょう」に分けられます。
「米」という字は、あらゆる方向に線が出ています。ですから常に多方向から情報をしっかり
と取り、それを集約し自分がどうしたいかしっかり考えをまとめた後、アピールしていくといえ
ます。また、「米」という字は左右対称の字ですので、偏った情報の取り方ではなく、常にバ
ランス良く冷静に情報をとりながら考えをまとめ、行動すると言えます。
「しんにょう」は、先ず「、」から始まりますので、「こうしよう!」「こうしたい!」という決意とも
言えます。その後に、革新の質の方向性がありますので、内には自分の思いを強く出した
いとの勝気な思いがあり、次に左から右に流れる線は保守の質の方向性ですので、基本、
教えを大切にする保守的な考えの後、最後の跳ねは上向きの方向を持っていますので、
その行動に対してプライドを持つとも言えます。
ですから、「迷」という字は「米」でいろいろな視点から冷静に物事を考えまとめた後の行動
と言えます。その行動は、勢いの良さ、強さがある一方で、保守的で自分の価値観に沿っ
ての行動・・と相反する方向性があり、最後には上方向に進んでいくと言えます。
こういった事から見ましても、「迷」という字は、「米」で多方向から常に情報を取りながら良
い面、悪い面の両面を見る冷静さもあり、「しんにょう」の左右の方向性もありますので、迷
って当たり前とも言えます。逆にいえば、迷うということは、冷静に物事を見ているとも言え
ますね。でも、「迷」という字は最終的には上方向の向上心を持っての行動と言えますし、
直情の形からみましても、いろいろ迷ったとしても、自分の進むべき方向をしっかり定めた
後は、コツコツと前をむいて進んでいけばよいとも言えますね。
これからは迷うことがあったとしても、「迷って当たり前!」と捉えて、自分が決めたことに対
して責任を持ち、前を向いていこうと思います。 ありがとうございました。
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≪ 豊田東教室 「憧れ」 ≫ 魚澄 文乃
息子が幼稚園の夏休みに入り、毎日慌ただしく過ごしています。少しでも思いで作りをしよ
うと色々試行錯誤しており、休み前にウルトラマンライブのチケットを購入していました。
戦隊ヒーローものが色々と在る中で、息子はウルトラマンに夢中の様です。幼稚園に行く時
も、息子の中で特に靴下に拘りを持ち、ウルトラマンの靴下しか穿きません。他の靴下を出
すと凄い勢いで否定されます。役員の用事で幼稚園に行った時に気になったので担任の先
生に聞いたのですが、先生は笑顔で「ウルトラマン好きのお友達と毎日、とても楽しそうに
靴下を見せ合ってますよ。ティッシュも毎日、どんなキャラクターのものかをお友達と見せ合
っています。とても得意気でカッコいいですよ。」と返答を頂き納得できました。子供には子
供の世界が存在しているのですね。ティッシュとハンカチをズボンのポケットに入れて登園
するのですが、使うこと無くクシャクシャになっており、毎日違う物を繰り返し選んでいるの
で、家には開封されていないシワシワのティッシュがたくさんあります。
毎日のウルトラマンのDVDや本の鑑賞が日課でキャラクターやストーリーを何度も説明して
くれます。なのでウルトラマンライブに行きたい?と聞くと「行きたい 行きたい」と連発して、
当日を楽しみにしていました。 「オレ、ウルトラマンに憧れる」と言った息子の言葉が頭に
残っています。今回は憧れの「憧」を検証してみたいと思います。
《憧》
形分けをすると受け入れの形になり、常にテーマや相手を求める姿勢と同時に何度でも受
け入れる事を繰り返す。その事が吟味する力ともなる姿勢です。
保守の部の「小」は上の位置に「ハ」を書き、それから縦線を書きます。「ハ」はまず情報を
取り入れるかどうかのチェックに慎重さがあり、取り入れた事は内面で検証し、縦線ではっ
きりとした意志を持つと言えます。
革新の部の「立」は圧力を「亠」でまず慎重にガードする対応を取ることもありますが、感性
と「口」に似た質もあるので反応の良さがあり、大胆な対応をする事もあります。「里」は情
報を自分の経験則を基に内面で4つの箱に識別し、その結果にプライドを持ち、同じ価値観
を持っている人達に思いを伝えていきます。
「憧」はテーマを求め何度でも受け入れる事を繰り返していく中で、情報を慎重にチェックし、
取り入れたものには頑固な意志を持ち、しっかりと受け止め反応良く対応をし、それから内
面で拘りを持ちながら整理をし、努力を重ね展開していきます。まずは情報をチェックし、決
めた事に強い意志を持ちますが、行動面は、内面でじっくりと考える姿勢があるので外から
はその世界観は解りづらい事があるかもしれません。そして保守の部と革新の部共にそれ
ぞれが左右対称であるので取り入れた事に対してはバランスが良く、公平であり、対応に
は冷静さがあります。
ウルトラマンライブに親子3人で行ってきたのですが、会場は息子と同じ年齢くらいの子供
と親達でいっぱいでとても盛り上がりました。息子もライブにとても集中し、パパの膝の上に
座り手を叩いたり「ガンバレー」と叫び過ぎて声をからしてしまいました。息子の席は荷物置
場になってしまいましたがとても心に残る思い出になり、良い体験ができました。
ウルトラマンは私が産まれる前から活躍しており、今も展開をし続けています。そして時代
が過ぎてもヒーローは存続している事には純粋に驚きを隠せません。最近、息子のお気に
入りのセリフがあり、ダイゴがティガに変身する時に言うのですが「光が消え去ることは無
い!」といつでもどこでも連呼しています。希望が溢れるとても素敵な言葉です。
まだ暫く続きそうな息子の「憧れ」のヒーロー達を一緒に楽しんでいきたいと思います。
ありがとうございました。
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≪ 半田東教室 「基本」と「応用」 ≫ 岩浪 房子
長かったこどもたちの夏休みが終わろうとしています。今年の夏休みはここ数年で一番家族
と共に過ごす時間をとった夏休みでした。
こどもが成長するにつれ手がかからなくなった分、家庭に費やす時間は次第に減り、社会
に目がいき、やりたいことがたくさんでてきたここ数年間でした。時間だけでなく気持ちの配
分も社会へ重きを置きつつあったような気がします。
夏休み直前、主人やこどもから゛お母さん゛としての自分自身の必要性を求められました。
言われてみれば、独身時代の自由や活力をもう一度取り戻したかったのかもしれません。
しかし私のこうした自由も、家族がいてくれて成り立つものだという現状の認識と感謝が不
足していたように思います。
社会で活躍する人たちを送り出す基盤の家庭が安らげない場所であっては、社会はなかな
か元気になってはいきません。家庭が基盤・土台でどっしりと安定していれば、社会での踏
ん張りがきくならば、私も今ここで基盤をしっかり固めて、これからの仕事の在り方を考える
いい機会です。
今月は、春からの数ヶ月間ののぼかんの実践においても私の弱点だった「基本」を押さえる
こととオーバーラップしたので、「基本」と「応用」の文字を比較分析して、しっかり腑に落とし
たいと思います。
「基本」
直情の形で、自分に対して忠実であり、外にも内にも何時でも何処でも状況に関係なく自
分のスタイルを通す発想法。
「基」は二本のアンテナでしっかり情報をとった後「目」のような三つ空間でランクづけされた
こだわりの空間に整理されます。その後「ハ」のような傘の下に「土」があり、上部を支えて
いるようにも観えますが、適度な空間をもって存在しているようにも観えます。「土」は一本
のアンテナで集中して情報をとった後、「二」の横棒で検証を重ねるタフさがあります。上部
でしっかり情報収集、整理されたものをそれで終わらせず、さらにそこに刺激を与え、検証を
重ね、どっしり構えている様にも観えます。
「本」は「基」からの情報を一本のアンテナで集中して受け取った後、上下左右にバランスを
とりながら情報の受発信もします。「木」に「-」があることで足元に重りを置き、一点の踏ん
張りをさらに強固に安定させているように観えます。
また「基」も「本」も左右対称の字であることから、どの方向にも対応できる器用さもうかがえ
ます。
つまり「基本」とは、十分に調査・研究を重ね、どの方向にも揺るがない姿勢で対応できる
ものであるといえます。
一方「応用」も「基本」と同じ直情の形であり、発想法は同じです。
「応」はマダレでまずの慎重さがうかがえ、内面に心が存在しています。「心」は上下左右
の向きをもつ自由であり、器用な対応と上向きの空間にさらにそれを印象づける二つの点
が前向きな姿勢や明るさを強調しています。
「用」はまずが面での対応で内面の四つの空間を守っているようにも観えます。この四つの
空間は、上下左右に分けられるこだわりの空間であり、喜怒哀楽の心情を整理し、縦棒が
整理したものを下に伝えていくように下に突き抜けています。
つまり「応用」はその時々の状況に対して慎重に対応し、自由な発想といろんな角度から
の検証を行いながらも事態を前向きにとらえ、感情や事実を整理して伝えていくという姿勢
といえます。
どの方向からも冷静に判断でき、堂々たる姿勢で対応する基本の自信があるからこそ、相
手も気持ちを整理して前向きな人生を歩めるきっかけを掴んでいけます。
のぼかんで相手の人生のお役に立てる人となるには、やはりもっと基本を押さえ自信をつ
けて、実践にのぞむことが大切だと分かりました。
また家庭も人生の基盤・基本であるから、家族とコミュニケーションをしっかりとって、変化し
ていく状況をきちんと整理しながらバランスをとって、揺るがない安定の場所を家族と共に
確立しながら社会貢献できり一人一人でありたいとも思いました。
実習生期間に自分の弱点を通じ、自分の人生をも見直すことができたのぼかんの学びの
奥深さに、また感動した夏休みでした。秋からの実践を通し、またたくさんの方々と共に人
生を深めていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
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≪ 豊田北教室 「届く」 ≫ 曽根 博子
今年の夏は例年と比べて猛暑が続き、9月を迎えても暑さの勢いは収まらない今日この頃
ですね。
この夏、普段は丈夫な弟も、蓄積された過労に加えて熱中症になり、点滴をしたりクーリン
グをしたりと安静に過ごす事もありました。おかげさまで今ではすっかり元気になったようで
す。私も弟に負けないくらいの仕事量・労働時間をこなしていましたが、なんとか無事にこの
夏を乗り越える事ができました。
暑さを感じていても暦の上では「秋」。蝉の大合唱も少しずつ小さくなり、日の出の時間も遅
くなり、そして夕暮れの訪れも早くなってきています。この時期の夕暮れは、なぜこんなに
切なく感じてしまうのか…と思う事もあります。
帰宅の遅い私の部屋にはいつも、手紙やダイレクトメール・注文した商品が届けられていま
す。限られた時間を利用し、手紙や商品等に目を通しながら情報を得ています。ごくありふ
れた生活の中、また、こんなにたくさんの人が生きている中、自分宛てに情報が届くなんて、
なんて素敵なんだろうと、ふと思う事もあります。
今回は「届」を、文字から分析しようと思います。
「届」はのぼかんでは直情の形と観ます。自分に忠実で、外にも内にもいつでもどこでも自
分を貫く姿勢があります。
「尸」では、上からの圧力・情報に対してまずは堂々と受け止める姿勢があります。情報を
取り入れるかどうかを判断した上で、おおまかにまとめます。「由」は4つに仕切られた空間
があり、まずは左右に整理した情報を、時間をかけてじっくりと濾過するように上下へと仕分
けていきます。アンテナ的要素も持っており、整理された情報の中で明快な意見・主張を上
方向へ向かって発信していきます。「由」の、上へと向かう主張は「尸」とぶつかることから、
自ら発した明確な主張を再度取り入れていく事もできます。また、「由」は接地面に対して
どっしりとしており、物事に動じないようにも見受けられます。
「届」は保守の質の方向性があり、終始一貫とした姿勢を持ち、圧力には堂々と対処しなが
らも、内面では取り入れた情報を時間をかけながらもこだわって整理整頓を行い、その中で
まとめた1つの意見を明快に主張していきます。内面のこだわりが、やがては自分の思い
の、忠実な表現につながります。
だから「届」は、送り先である相手の好みや現在の状況等を細かく分析・整理し、その中で
じっくりと選択肢を絞りながらも「これなら相手にふさわしいのではないか・喜んでもらえるだ
ろう」と思ったもの・情報を、届ける人は自分の考えやイメージを忠実に形にした上で発信し
ていこうとするのですね。「届ける」「届く」という動作はシンプルですが、届けるまたは届くま
での過程は、実に様々な要素が含まれているのですね。
さて、「届ける」「届く」は目に見えるものに限られているわけではありません。
そこには人の気持ち・考え等、目には見えないものも含まれています。私も人から依頼され
たものを相手に届けたり、また、人から「届け物」として受け取る事もあります。
不特定多数に対して「出す」といった動作とは異なり、特定の相手に「お届けする」という事
に、なぜだか温かさを感じる事もあります。相手がいなければ成立しない動作にもなるわけ
ですね。受け取った相手の表情や発する言葉をイメージしながら、「何を届けようか」
「どんなふうに届けようか」と考えている時の楽しさ・わくわくとした気持ちも、もしかしたら贈
り物や手紙等と一緒に届いているのかもしれませんね。
私自身が普段からイメージしている事・挑戦したい事を形にしながら、どんどん届けていけ
たらと思っています。
ご清覧ありがとうございました。
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ご意見・質問・ご感想をお寄せください。お待ちしています。
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